文学と史書の名場面4
孝標の娘、姉とともに迷い猫を飼う。『更級日記』
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『更級日記』の作者菅原孝標の娘は、物語の好きな文学少女であった。父が国司として在任した常陸で暮らした少女時代から、薬師仏を祀って密かに、早く都に帰して物語を読ませてください、と祈っていたというぐらいであるから、相当なものである。

その孝標の娘が都に帰ってからの話である。五月のある日、真夜中まで物語を読んで姉と起きていると、猫の鳴き声がするので、部屋のその方を見るとどこからやってきたのかかわいらしい猫がいる。姉が、内緒で飼いましょう、というので密かに飼うことになったが、人馴れしていて自分たちの前から離れようともしない。ところが、姉が病気をすることがあって、猫を北面のほうにやっておいた。猫はうるさく鳴いたのだが、そのままにしておいた。その間、病気で臥していた姉は不思議な猫の夢を見る。

実は猫は姉妹が親しくしていて亡くなった侍従大納言の娘の生まれ変わりで、自分を慕ってくれたその縁で姉妹のもとに来たのに、最近は側にも置いてもらえない、と泣き顔で言ったというのである。さては、猫は侍従大納言(じじゅうだいなごん)の娘であったかと、急いで猫を北面から呼び戻し、それ以後はたいせつに扱うようになった。

場面は、燈台(とうだい)の火を灯して読書に耽(ふけ)る姉妹の居所で、几帳(きちょう)の裏から猫が出てきたところである。当時の猫は貴族の貴重なペットで、屋内で飼われるのが原則である。一般に綱につないで飼うことも多く、『源氏物語』「若菜上」で、他の猫に追いかけられて綱をつけた猫が縁に走り出たひょうしに、綱を御簾(みす)に引っかけ、その隙間から柏木が女三宮の美しい姿を垣間見て恋に陥る、というような話にも展開する。

犬の場合の、もっぱら庶民によって屋外で飼われたり、のら犬が多いのとは、対照的である。

『更級日記』

菅原孝標女の物語に憧れる多感な少女期から晩年の五十余年までの生涯を記した自叙。康平二年(一○五九)以後まもなくの成立。爛熟期にある摂関体制(せっかんたいせい)の中、極めて平凡な当時の女性の一生が、自己追求という表現構造によって、時代を超えて人間の人生を見つめるという魅力になっている。

書名の「更級」は夫の死後、落胆する作者を甥が訪ねて来た時に口ずさんだ「月も出でて闇にくれたる姨捨(おばすて)になにとて今宵たづね来つらん」による。これは『古今集』『大和物語』の姨捨伝説(おばすてでんせつ)に準えたもので、姨捨山は亡き夫の終任の地、信州の更級にある。