六衛府(ろくえふ)に勤め、禁裏(きんり)の守護(しゅご)や行幸(ぎょうこう)の警護を受け持った武官は、腋(わき)を縫い合わさない闕腋袍(けってきのほう)を着て、下に半臂(はんぴ)、下襲(したがさね)、衵(あこめ)、単(ひとえ)に表袴(うえのはかま)と大口袴(おおぐちばかま)を着けて靴を履く。さらに石帯(せきたい)と平緒(ひらお)を帯びて太刀を佩(は)いた。
武官の着ける闕腋袍には襴(らん)がなく、袍の後身頃の裾を長く伸ばして下襲の裾に重ねた。また冠の左右に黒馬の尻毛で作った半円放射状のおいかけをつけ、冠の纓(えい)は巻いて活動に便利な巻纓(けんえい)とする。太刀と右の後ろ腰に矢を収めた平胡img(ひらやなぐい)を掛け、左手に弓を持つ。ただし、武官であっても大臣や参議(さんぎ)、中納言など三位以上の公卿(くぎょう)の大将や中将は縫腋袍を着た。
縫腋袍と闕腋袍の袖口は平安初期に一尺二寸だったものが、十〜十一世紀頃には一尺五、六寸と広くなった。
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